春見の手記

まだ何かくかも未定です

21歳にして初めてタイタニックを真面目に見た(1)

タイタニック

 

 

 誰しもが、一度は必ず名前を聞いたことがある、誰しも一度は必ずあのあるシーンは見たことのある90年代ハリウッド映画の傑作だ。監督は、ジェームズ・キャメロンである。他に、彼の著名な映画を上げていくと、分かりやすいのはターミネーターシリーズやアバターが思い当たるだろう。最近は音沙汰がないが、アバター2の製作が忙しく、顔を出す暇が無いのであろうか。まあ、そういったことは置いておく。私は実に21年と8ヶ月生きてきた今日この日まで、タイタニックを最初から最後まで真剣に見たことが無かった。ちらっと目にしたことはいくらでもあった。今はもう無くなった日曜洋画劇場で流されていたのが目に留まったのかもしれない、また母がDVDでみていたのを横目に覗いたのかもしれない。しかしそれも、相当昔の記憶だ。ここ10年の記憶じゃない。それに、余ほどの映画好きでなければ同じ映画を何度も、何度も、何年も繰り返し見ないだろう(母は映画好きじゃない。だから、その記憶はずっと遠くのものだ。だけど、ずっと見たいとは思っていた。タイタニックの偉大さは映画好きじゃなくとも知っている、誰しもが感動した作品を挙げてみろと言われたら、この作品を挙げる。だからこそ、見ておかねばと思っていた。そんなときに、運も良く偶然と、午前10時の映画祭のオープニング上映に『タイタニック』が決まったのだ。私は、ちょうど良い、これを見に行こうと心に決め、そして昨日4/15に劇場の大型シアターで21年も前に公開された映画を見たのだ。席はほぼ満席だった、勿論日曜日だからこその満席っていうのも理由だと思うけど、20年も前の映画にこんなにも多くの人が足を運ぶのかと私は大いに驚いた。客席を見回すと、5,60代の方々が多かった。しかし中には1,20代の若者もいた。特に驚いたのが、中学生くらいの女の子の4人組だった。今のこの娯楽のありあふれた時代の中、昔の映像作品に親しむ姿勢を持っているということが素晴らしいことだと思い、彼らを尊敬したし、彼らを羨ましくも思った。そんなうら若きときに、大型スクリーンでタイタニックを見れたことに。彼らの価値観は大きく変貌したと思う。でも、そのくらいに感じるほど『タイタニック』の破壊力は大きかった。

感想

 これまでの自分の中の常識が一気にひっくり返されたと思うくらい衝撃的だった。タイタニックのそのすべてが美しく、そして果てしなく残酷だった。映画が終わったとき、私はその残酷さに席を立つことが出来なかった。全ての映画,音楽,小説などの創作物が陳腐に見えてしまうくらいに、タイタニックは完全無敵で、これに敵うものは存在しないとすら思った。しかし私は今でもあれを感動的な作品とは言えない、確かに心を動かされた。愛とは素晴らしいものだって思った、しかしそれはその映画の中の一つの物語でしかない。映画全体を覆うものに目を当てたとき、ジャックとローズの恋物語なんてものは一気に砕け散る。心に感じたのは、恋愛って素晴らしいではなく、そこの知れない恐怖だと私は思う。タイタニックは決して恋愛ロマンス映画なぞではない、あれはタイタニック号の沈没の中で描かれる人間たち全てにスポットライトが当たった究極の人間ドラマなのである。

 その一つが、社会階級構造の中に垣間見える人間模様である。映画『タイタニック』に登場する豪華客船タイタニック号。作中では総勢2200人が搭乗している。まさに、この船の構造そのものが、社会構造のそのものと全くの同じなのである。一番下にあるのは蒸気機関である。蒸気機関を動かす為に炭で黒く染まった作業着を身にまとった肉体労働者が、必死に木炭を火に投げ入れている映像が流れてゆく。そしてその上には簡素ベッドに横たわり、すこし小奇麗な格好をした中流階級のものたち、そしてその上一番高いところにはタキシードを身に包み、ドレスを身にまとい、優雅にワインを掲げる紳士淑女たち、彼らは上流階級にある者たちである。ローズは、自由に生きることのできない上流階級の生活に疲れ果て、果ては海に身を投げようとするのである。その時に、彼女の自殺を止めたのが絵描き志望の若者であるジャックである。それから、自由に生きるジャックに心惹かれていき、二人の関係が恋愛に進んでいく。タイタニック号が氷山にぶつかりパニック映画に変わるまでは、彼らジャックとローズの恋愛がこの映画の大きな主題になる。しかし、考えてみよう。身分違いの恋なぞど定番のジャンルでタイタニック以外でも幾らでも探せばあるのだ。だからこそ、タイタニックの恋愛にはとてもじゃないが惹かれなかった。確かに、純愛だ。だが、身分違いで更に純愛作品であるのなら私はフィッツジェラルドの描く『華麗なるギャツビー』の方が好きだ。ああ、こちらも映画化されており、ディカプリオ主演の身分違いの純愛作品なのでおススメです。タイタニック見た人は、ぜひこちらも見てください。あと、ライアン・ゴズリングの『きみに読む物語』も是非。

 

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 そして中盤氷山に衝突し船底に穴が開き、そこから水が入り込んでゆく。残念ながら、いや至極当然に水が蒸気機関室に入り込み、パニックと化します。しかし、船の船員は水の流入を防ぐために蒸気機関室の緊急扉を閉め始めます。例え、そこに人が残っていたとしても、バタバタと閉め始め、そこに残された下級労働者たちは無残にも閉鎖されたその空間で息も出来ずに死んでゆきます。そして、逆に上流階級にある人々だけに脱出口が用意されているのです。それは、緊急ボートです。また、酷いのがこの緊急ボート、計算上70人は乗れるはずなのだが、2,30人しか載せていないのです。所々に隙間があり、詰めればまだ人は乗れるはずなのに、皆が皆まるで呼吸を合わせるように詰めようとしない。牛ぎゅう詰めになることに、居心地が悪いのでしょうね。船が沈没しかねているのに、ただ身の保身しか考えない上流階級層の者たち。そのあともまだまだ彼らの冷たい心は表象し続ける。船が沈没し、多くのもが極寒の海に身一つで投げ出されているのだ。今彼らに近寄り、一人でも掬い上げれば、一人でも多くの命を救うことが出来る。しかし、彼らはそれを拒んだ。もし、彼らが救命ボートに集まりボートが転覆するようなことがあれば、自身の命すら危ぶまれるからだ。その中で、一人だけ声を荒げたものがいた。それは、マーガレットだった。彼女は言わば振興成金であり、今は上流階級に当たるが、それまでは中下級階層の人間だった。彼女だけが、「助けに行きましょう、今ならまだ間に合う」と言った。しかし、その声に賛同するものは一人もいなかった。果ては、救命ボートの船主から、「ボートの空席をもう一つ増やしたくなければ、声を出すのをやめろ」と言われ、彼女は口を紡いだ。そう彼らの心はまるで氷の様に冷たかったのだ。

また、階級層ごとに見える彼らの姿はローズの目を通したものであり、上流階級の者は皆閉鎖的であり、皆本音ではなく建前で会話しておりつまらないといった印象に映り、しかし中流層の者は、音楽戯れ、ビールをジョッキで飲みかわし、ダンスを踊るという自由で楽しい姿が彼女の目に映るのだ。そこには、未だに女性が優遇されていない男女不平等な社会的一面が垣間見える。上流階層に当たる人間は、皆ビジネス的な人間であり、高い立場から、労働者を奴隷のように働かせ大金を稼ぐことしか頭になく、その隣に控える女性というのは単なるプロマイドくらいにしか映っていないのだ。自由に生きることを禁じ、ただそこにいるだけで十分だと。藝術に目を向けず、勉学に目を向けず、今でいう資本主義的でつまらない世界しか彼女ローズの目には映っていなかったのだろう。そういった面で見れば、ローズの姿は今の男女平等社会の場にて、自由に生きる心豊かな女性のように描かれる。劇中で、ローズが部屋にまだ無名にあったピカソの絵画を飾っていたり、会食中にフロイトの心理学を持ち出したりしているのに、そういったものが垣間見える。

このようにタイタニックが描くものは、ジャックとローズの恋愛だけにと留まらず、近代の社会階級構造や、死ぬ間の人々の残酷さであったり、女性差別であったりと上げ始めるときりがない。そして、それを彩るのがジェームズ・キャメロン監督のつくる映像の迫力にある。そして、20年経った今見ても色落ちない凄さがそこにはあった。まだ一週間は午前10時の映画祭にて鑑賞可能だろう。是非、皆この凄さをシアターで体感してほしい。